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異世界節分・福豆騒動
屋根の上で、影がくるりと回った。 「ふひひ……拙尼こそ鬼、天邪鬼。すなわち天から遣わされた鬼ですぞ~?」 瓦の縁に腰掛け、赤い豆をひょいと空中で受け止めながら、シャーリーは楽しげに笑った。 投げつけられた豆は、彼女の指の間で軽やかに踊り、そのまま口へ運ばれる。 「ぽりぽり……うむ、今年の豆は出来がよいですなぁ」 子供たちは歓声を上げ、調子に乗って次々と豆を投げる。 だが一つ、軌道を外れた豆が―― こん、と鈍い音を立てて止まった。 それは屋根ではなく、地上に立つ一人の女戦士の肩に当たっていた。 長身。 人の肌と変わらぬ色合いの肌。 動きやすさを重視した人間風の服の上に、実用的な鎧。 戦神の紋を刻んだマントが夜風に揺れ、腰には鞘に収まったショートソード。 グレドーラは、ゆっくりと振り返った。 「……?」 その鋭い眼光に、子供たちは一斉に凍りつく。 豆を握った手が止まり、足がすくみ、声も出ない。 (やっ、やば……!) 次の瞬間―― 「おおっとぉ!?」 屋根の上から、わざとらしい声が落ちてきた。 「今のは拙尼ですぞ! いやはや、力加減を誤りましたな~!」 シャーリーは屋根の縁から身を乗り出し、肩をすくめて大仰に笑う。 「鬼がうっかり豆を投げ返してしまうとは、これは失態失態。全部この鬼の仕業、悪いのは拙尼ですぞ~?」 子供たちは、きょとんとしたままシャーリーを見る。 そして、もう一度グレドーラを恐る恐る見上げる。 グレドーラは一瞬、黙っていたが―― やがて、小さく息を吐き、肩に当たった豆を指でつまみ取った。 「……なるほど」 表情は険しいままだが、声は低く穏やかだった。 「元気な子供たちだ。祭りの夜らしい」 子供たちが、恐る恐る顔を上げる。 「戦場では、これくらいの不意打ちは珍しくない」 そう言って、わずかに口元を緩める。 「気にするな」 その言葉に、張り詰めていた空気がほどけた。 「ふひひ……さすがグレドーラ殿。戦神の器は伊達ではありませんなぁ」 シャーリーは屋根の上で、満足そうに尻尾――もとい、体を揺らす。 「では拙尼、悪役としてもう少し豆を受け止めてきますぞ~!」 再び飛び交う豆。 夜の笑い声。 戦神のマントは静かに揺れ、鬼役の影は屋根の上で踊っていた。 ――誰も傷つかず、誰かが一つ、悪役を引き受けただけの夜だった。
