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職員室、筆記具についての一件
賢者の学院・職員室。 古い木の机と書棚に囲まれ、静謐という言葉がよく似合う空間で、 老教授は紫のマントを正し、万年筆をゆっくりと走らせていた。 インク壺から慎重に含ませ、 紙に触れるその一瞬に、わずかな“間”を置く。 ――書とは、心を整える儀式である。 その片隅。 蜜柑箱を机代わりにした席で、シャーリー・クラウンは答案を束ねていた。 「よくできました。花丸。はい、次」 透明なプラスチックの筆記具が、紙の上を雑に、しかし正確に滑る。 掠れも、滲みもない。 老教授は思わず視線を向けた。 (……インク壺が、要らぬ?) (魔導具でもない……魔力反応もない……) 「フヒヒ、先生、興味が湧きましたか?」 シャーリーは顔も上げずに言う。 「……その筆記具、妙だな」 「発掘筆記具ですぞ。ボールペンと申します。 なんなら、その立派な万年筆と交換して差し上げますが?」 「なっ……!」 老教授は反射的に万年筆を握り直した。 (この娘……!) しかし、次の言葉で空気が変わった。 「――冗談ですぞ」 シャーリーは肩をすくめ、ペンを指先で回す。 「筆記具とは、心の内を急ぎ書き出すための道具。 速さと軽さが要る時は、このボールペンで十分」 一瞬、ペン先が止まる。 「されど……心の重き想いを形にするには、 やはり筆にも、それなりの重さが要りましょうぞ」 老教授は、息を呑んだ。 (……この年若い娘に) (確かに、聖職者の影を見た……) 万年筆を使う理由を、 自分よりも的確に言語化されてしまったことに、 小さな敗北感と、奇妙な納得があった。 昼。 賑やかな学内食堂。 「ふひひ、拙尼にかかれば、三十秒でどんな似顔絵でも描いて見せますぞ~」 学生たちがざわめく。 「魔法ですか?」 「幸運神の御業?」 「いえいえ。観察と記憶術。 似顔絵と速記はスカウトの必須技能ですぞ?」 シャーリーは一瞬、老教授を見る。 次の瞬間、 ボールペンが紙を走った。 「はい」 差し出された紙には、 紫のマントを翻し、万年筆を高く掲げた老教授。 妙に威厳があり――しかし、少しだけ困った顔。 「……」 老教授は沈黙し、やがて小さく咳払いをした。 「……悪くない」 周囲が笑いに包まれる。 シャーリーは満足そうにペンをしまう。 「学問も、信仰も、戦いも。 まずは相手を“よく見る”ことからですな」 そして、いつもの一言。 「フヒヒ」 透明なボールペンは軽く、 しかし確かに、学院の空気に新しい風をなびかせていた。
