フルメタルギアスラッグ：父の日と芋蛇

六月某日。空は晴れ渡り、風が夏の気配を含んで草を揺らす。 謎の草原に、スカイダイビングで降り立った―― アンジェラ・ミカエラ・ブロント少尉。 その母、安奈先生。 そして…なぜか巻き込まれた富士見軍曹である。 「…ここ、どこですか」 地面に伏せながら、富士見軍曹がぼそりと呟いた。 説明もなく、野良塾で農作業中に拉致されて飛行機に押し込まれて、空中に放りだされたのだ。 「アンジェラ、あなた…さっき空中で私の手を離したわね？」 安奈先生が息を切らせながら問い詰めるが、等の娘は。 「さあ？日本みたいですよ？」 地面の土を少し掬ってアンジェラ少尉がつぶやく。 その時だった。 ゴロゴロ…という低い音が遠くから近づいてくる。 土煙を上げて突進してくるのは―― 三輪豆タンク（別名：ゴールデンスラッグ）！ 爆音と共に止まり、その上でポーズを取るのは、屈強な体格と金髪を持つ男―― 「娘よ！迎えに来たぞ！父の日だ！！」 フルメタルギアスラッグ――ブロント大佐、現る。 乗っているのは、豆タンク――通称「ゴールデンスラッグ号」は、三輪バイクに装甲板を無理矢理かぶせ、 銃座と砲塔まで模した狂気の産物だった。 戦車というより、田舎の祭りで子どもたちに人気の「のりものコーナー」に迷い込んだバイクと言った方が早い。 「お父様…！」 「アンジェラァーーッ！！（感涙）」 駆け寄ろうとする大佐を、すかさず横から止める男がいた。 「サー！お嬢様にお会いして感極まったのは理解しますが！ 三輪車で直進されては危険ですサー！！」 ――帽子がトレードマーク、昔のままの訓練教官スタイル。 元海兵隊の鬼軍曹、**アートマン軍曹（今は上級曹長）**である。 「海兵隊の……、アートマン上級曹長？　。……映画俳優になられたんじゃなかったんですか？」 富士見軍曹がぽつりと訊ねる。 「正直なのは気に入った！！帝国自衛陸軍二等軍曹！！ うちに来て息子の嫁になってよい！！」 「何言ってんだこの人」 と呟く富士見軍曹の頬がかすかに赤いのは誰にも見えなかった。 騒ぎの最中、ブロント少尉が持っていた麻袋から何かがひょっこり顔を出す。 にゅるん。 ジャガイモの山の中から、現れた太く短い胴体の謎生物。 ぬらっとした瞳が、アンジェラを見上げる。 「あ。芋蛇だ。久しぶりだな」 「それ、ツチノコじゃないの？！」 富士見軍曹が叫ぶ。 「ジャガイモの花の隣でいつも寝てるんです。可愛いの」 芋蛇（仮）は満足げにぷぅっと膨らみながら、アンジェラに抱きついた。 「ええと……お父様」 「なんだ？娘よ？」 「……父の日なので、これを」 少尉は、手の中の小さな布袋を差し出した。 「ジャガイモです。花付きで、かわいかったので……あと、勝手についてきたこの子も。芋蛇……だと思います」 「ムッ……これは……」 大佐は袋を受け取り、芋蛇と目を合わせた。 「えっ、これあげてもいいんですか？」 横から能天気な声がした。 「お父さん、芋好きだったもんねぇ?。あっ、芋蛇？ へぇ?かわいい?！ お腹とか触ってもいいやつかしら？」 振り返ると、安奈先生がノリノリで草をかき分けて近づいてくる。 「娘を空中に突き落としておいて、しれっと流さないでください」と、少尉がブスっとしながら言う。 「だってアンジェラは強いから大丈夫でしょ？ 昔からね、ジャングルに置いて帰っても、次の日ちゃんと帰ってきたし♪」 「……教育放棄では？」 その瞬間、無線が不意に鳴る。 ブロント大佐のジャケットの裏から、ノイズ混じりの指令が入る。 「ゴールデンスラッグ！！ツチノコを保護したか！！ ああ。君を父の日に娘さんに会わせた甲斐があったというものだ！ 家族の時間を邪魔して悪いが、そいつ（芋蛇）を連れ帰ってきてくれ。 絶対に食べたりするんじゃないぞ。いいな？」 全員が凍りつく。 「……」 ブロント大佐は黙って芋蛇を手に持つと、肩に乗せ、 豆タンク（三輪バイク）にまたがると、再びエンジンを唸らせる。 「アンジェラ…この父の日プレゼントか。受け取ったぞ…！」 「ジャガイモは食べてくださいね。あとその子（芋蛇）は食べないでくださいね」 「ハッハーッ！了解だ娘よ！！」 爆音。再び大地を切り裂くゴールデンスラッグ！ アートマン上級曹長が敬礼しながら叫ぶ―― 「サー！スネークを回収しただけであります！ 決して親バカに戻ったわけではないでありますサーッ！！」 「……何なんだ今日は」 富士見軍曹が空を見上げる。 ジャガイモの花言葉は知らない。 だが――なぜか、ちょっとだけ優しい気持ちになった気がした。