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ドクターの味は、自由の味?
「――STOP RIGHT THERE! IDENTIFY YOURSELF! WHAT’S IN YOUR HAND!?」 昼下がりの海辺。米軍基地沿いの埠頭。 サングラスをかけたMPが、すばやく警戒態勢に入った。 その視線の先には、白いサマードレスに麦わら帽子。 ゆるくなびく金髪ポニーテールの少女が、沖合に停泊する空母を眺めながら立っていた。 ――そしてその手には、黒っぽい細長い瓶。 遠目に見れば、銃器、あるいは工作物のパーツにも見える。 少女はMPの声に反応し、首だけをくるりと振り返った。 その表情は、何事もなかったかのように屈託のない笑顔だった。 「え?これ?」 瓶を軽く持ち上げる。 瓶には真紅のラベル。白い文字でこう記されている――Dr Pepper。 「これ、世界で一番愛されてる飲み物でしょ? アメリカの味。 ノルマンディーにも朝鮮戦争にも、前線までこれを運んだって、聞いたことあります!」 「……それはコーラだ」 MPが食い気味に突っ込んだ。 眉をひそめ、額に小さくしわを寄せている。 サングラス越しでも、じわじわと困惑しているのがわかる。 「あれ、違ったっけ? ……まあでも、似たようなものでしょ? 色は同じだし、甘いし、ちょっと薬くさいし、自由の味って感じ」 ブロント少尉――と名乗るその少女は、ドクターペッパーの栓を指で起こし、ぷしゅっと音を立てて開けた。 海風に、ほんのり甘ったるい薬草のような香りが漂う。 「……Want some?」 彼女はにっこりと笑って、瓶をもう一本、MPに差し出した。 MPは、ほんの一瞬、言葉を失った。 サングラスの奥の目線が「は?」「まじで?」「どういう状況?」を同時に語っている。 「……I'm not even sure if this is legal anymore.」 ぼそっと呟きながら、瓶を受け取る。 キャップを開け、試しに一口。 ――即座に微妙な顔になる。 「……甘ったるくて、薬みたいで……これ、マジで好きなのか?」 「うんっ。好きな人はすっごく好きって言うの。あなたも、クセになってきたでしょ?」 満面の笑みを浮かべて、もう一口。 まるでシャンパンでも飲んでいるかのように、誇らしげなブロント少尉。 MPは、瓶の中身を見つめながらため息をついた。 「……もう、コーラでいいだろ。せめてそれにしとけよ」 「ふふっ、コーラは普通すぎるんだもん。ブロント家の誇りにかけて、私は"一歩ズレた本物"を飲むの」 「やっぱ変な子だ……」 どこまでも青い海と空の下。 空母が浮かぶ水平線を背に、ふたりはしばし、静かにドクターペッパーを飲み続けた。 その味が、アメリカ的かどうか――はともかく。 自由とは、きっとこういうことなのかもしれない。
