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告発の指令と妙な写本
「リリス准導師、シャーリー准導師」 ギラン導師の執務室は、重厚な家具と無数の書籍に囲まれ、権威主義的な空気が満ちていた。ギランは、眼鏡を光らせ、二人の目の前に、一冊の奇妙な「写本」を突き出した。 「これを見たまえ。この禁書に記された、学院の品位を貶める不道徳な記述の数々。これは到底看過できるものではない」 リリスはメイド服の上に羽織った青いマントを翻し、冷笑的な表情でその「禁書」を一瞥した。表紙には、鉛筆書きのイラストが描かれている。シャーリーはブレザーの制服姿で、リリスの背後から覗き込むように目線を送った。 (リリス「……どうせ、たいしたことないだろうな」) (シャーリー「いつもの、下らん権威争いの火種でござるよ」) 二人は心の中でアイコンタクトを交わし、ため息をついた。ギランが言う「禁書」とは、どうせ誰かの落書きか、くだらない風刺画の類だろうと、すでに察していた。 「貴君らにはこの禁書の出所を突き止め、作者を糾弾する決定的な証拠を掴んでほしい。特に、この写本には女子寮の学生にしか知りえない情報が多々含まれている。よって、寮内の規律維持を名目に、女子寮の私物抜き打ちチェックを許可する」 そう言ってギランが差し出したのは、厳めしい公印が押された「女子寮立入捜査許可証」だった。彼は**「禁書」という言葉に頭がいっぱいで、目の前にあるものが漫画原稿**であることに全く気づいていなかった。 リリスは反抗的な仕草で腕を組み、冷ややかな視線をギランに向けた。 「……了解いたしました。学院の『規律』のため、この『禁書』とやらをしかと調査してまいります」 リリスは皮肉を込めて「禁書」という言葉を強調し、シャーリーと顔を見合わせた。ギランの権威を盾に、自分たちの不本意な夜警任務を合法化する書類を手に入れたことに、二人は内心で微かな笑みを浮かべた。 夜の帳が降りた女子寮。リリスとシャーリーは、ギランに言われた通り、シルビア准導師の部屋の前で立ち止まっていた。リリスの腰の鍵束が、部屋の扉を開く。 「まさか、シルビア准導師が禁書を……」 「さあね。でもこれ、どう見ても写本じゃなくて漫画原稿なんだよね」 シャーリーは頭をかく仕草をしながら、リリスに視線を向けた。部屋に入ると、机の上に放置された原稿を発見する。二人はそれを取り上げた。 パラリと捲られたページに、二人は言葉を失う。そこに描かれていたのは、銀髪ロングの美少年と、ナイスミドルの男性が、意味ありげに向かい合う場面だった。 (リリス「……これ、描かれているの、最高導師とギラン導師では?」) (シャーリー「しかもこれ、ただの漫画じゃないでござるよ……」) 二人は顔を見合わせる。リリスの冷笑的な表情に、困惑と「見なかったことにしたい」という強い意思が混ざり合った。シャーリーもまた、人間の耳を赤くして、原稿から目を逸らそうとする。 「……とんでもない禁書だ。これ以上の調査は、精神衛生上よろしくない」 「依頼だから、このまま持っていくけど、内容は口外禁止で」 リリスはそう言って、原稿を丁寧に丸め、シャーリーに預けた。二人のプロフェッショナルな判断は早かった。**「不正の証拠」として、あくまで「禁書」**をギランに提出する。そして、このショッキングな内容について、自分たちからは一切触れない。 この「禁書」が、明日、学院全体を揺るがす大騒動の種になると、二人は確信していた。 「さて、皆さん。本日はシルビア准導師による禁書の不正閲覧について、査問会を開きます」 ギランが厳かに開会を告げた。彼は得意げに眼鏡を光らせ、リリスとシャーリーが提出した漫画原稿を掲げる。ギランの背後には、緊張した面持ちの学院関係者たちが座っていた。 「そして、ここにその写本がある。この不道徳な内容を、わしが朗読し、その実態を暴く!」 ギランは意気揚々と読み始めるが、その内容は次第にシュールなものになっていった。 「『…おお、スレイマン。その優雅な魔法のローブ、そして白銀の髪…』だと?」 ギランの顔が徐々に青ざめていく。漫画に描かれた人物が、自分自身と最高導師オールドスレイマンに似ていることに気づいたのだ。 その時、一人の老人が、のんびりとした足取りで部屋に入ってきた。最高導師、オールドスレイマンだ。 「何じゃ何じゃ? 随分と騒がしいのう」 ギランは顔面蒼白で口を閉ざす。その場は凍り付くような沈黙に包まれた。しかし、オールドスレイマンは、ギランの手にある漫画原稿を覗き込むと、愉快そうに笑い声を上げた。 「おお、これはワシの若いころの姿ではないか!」 そう言うと、彼は魔力を行使し、自らの背後に、漫画に描かれていた銀髪ロングの美少年を幻覚として浮かび上がらせた。 「どうじゃ、どうじゃ! 美少年であろう!」 場は一気に和み、コメディへと転じた。ギランは完全に空回りし、シルビア准導師は照れながらも安堵の表情を浮かべる。そして、リリスとシャーリーは、内心でガッツポーズをした。 その日を境に、シルビア准導師の漫画原稿は、学院内で「オールドスレイマン伝記」として伝説となり、カタブツなギラン導師は、それを見るたびに赤面するのだった。
