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封蝋の匂いが変わるとき
賢者の学院・職員室の隅。 書類棚の影に追いやられた一角に、蜜柑箱を重ねただけの机がある。 「ふんふふ〜ん♪」 シャーリー・クラウンは椅子に深く腰掛け、脚を組み、鼻歌まじりに封筒を量産していた。 立派そうな厚紙の封筒に、やたらと重厚な赤い封蝋。 印章はわざと少し斜め、溶けた蝋も均一ではない。 『賢者の学院 同窓会のお知らせ』 中身はほとんど誰も読まない。 ――読む前に、寄付金の金額だけ確認して終わりだ。 「よし、今日も魂を込めずに完成っと」 ぽん、と机に封筒を積み上げる。 その隅に、別の郵便物が混じっていた。 小ぶりで、紙質も控えめ。 だが、封蝋だけが異様に整っている。 シャーリーは、何気なくそれを手に取った。 ――瞬間。 脚がほどける。 背筋が、すっと伸びる。 指先の力が変わる。 封蝋に刻まれた紋様を、鼻先まで持ち上げると、 彼女の眼が、静かに、鋭く細められた。 (……この配合。王国のものじゃない) 甘さのない蝋の匂い。 押印の圧が均一すぎる。 癖がなく、誤魔化しがない。 さっきまでの鼻歌は、もうない。 ランタンの灯りが揺れる中、 シャーリーは封筒を傾け、角度を変え、 まるで「相手の呼吸」を読むように観察する。 「……なるほど」 低く、誰にも聞かせない声。 机の上には、雑な同窓会通知の山。 その横で、たった一通の手紙だけが、別の重さを持っていた。 彼女はそれを、そっと机に置いた。 ――封蝋を、壊す前に。 赤い蝋の光沢に映るのは、 下町のスカウトでも、学院の准導師でもない。 ただ、 “呼ばれた側”の顔だった。
