1 / 3
『浜辺の戦友鍋 ―強襲キャンプ晩餐―』
「……動きあり。砂浜に三張のテント、焚火、複数名の人影。これは……女子供?」 帝国海兵隊第八偵察中隊所属、戸上伍長は茂みに伏せたまま双眼鏡をてに囁いた。 「女子供……のように見えるけど、あの金髪……尋常じゃないですね」 隣で同じく双眼鏡を覗いていた初山上等兵が漏らす。 双眼鏡のレンズ越しには、夕暮れの浜辺で炊事中の奇妙な集団がいた。金髪ポニーテールの女は黒の詰襟軍服にミニのプリーツスカート。異様に整った動作で薪を組み、鍋をかき混ぜている。 その傍ら、つんつんした緑髪の小柄な少女が、妙に整った姿勢で野菜を刻んでいる。もう一人、熊耳を揺らす獣人の少女が、まるで軍の補給兵のように大量の器材を整え――そして、なぜか魔王っぽい角の女性が、鍋の味見をしていた。 「ねえ伍長、あの娘ら……演習か? 他部隊でしょうか?」 「知らん。だが一つだけ確かに言える。あの金髪の女、我々より先にこちらを察知してる」 「えっ?」 戸上が双眼鏡を下ろしたその瞬間だった。 レンズいっぱいに、ブロント少尉のドアップが映った。 「!!?」 「情報が古いんだよ、お兄さん方」 息を呑む間もなく、背後からふわっと影が揺れる。 振り返ると――そこにはいつの間にか回り込んでいたクマ耳の美少女、プーにゃんがいた。笑顔で手にはお玉を持ち、背後にはぼんやり熊のようなオーラがゆらゆらと。 ―そして夕飯時― 焚火に吊るされた鉄鍋が、くつくつと煮えている。軍用では到底再現できない香ばしさと滋味が、辺りに漂っていた。 戸上と初山は、何が起きたのかまだよく理解できていなかったが、とりあえず器を手にしていた。 「……うま……」 「うまいっすね……なんで鍋なのに……出汁が……?」 「昆布としいたけと魚骨と、あと、デリシア神の小さな奇跡と魔王さまのひとさじ魔法だよ」と横から聞こえる。 初山のスプーンが止まる。 「魔法かよ……」 向かいには、さっきまで至近距離にいたブロント少尉が無言で鍋をおかわりしていた。全員座っているのは石や流木、切り株だ。テーブルも椅子もない。 火のゆらぎに照らされたその顔に、あの異常な迫力は見えなかった。ただ、焚火と星空の下で少し気を抜いた、軍人としての"素"の顔があった。 やがて鍋の中身も少なくなり、箸が止まったころ。 「……ねえ、伍長」 「ん?」 「報告、どうします?」 しばしの沈黙。 「……何も見なかったことにする」 「えっ?」 「いいか、初山。我々は“無人島の内部偵察中、現地の少数部族と思われる集団と非敵対的接触”をしただけだ。彼女たちは“民族衣装を着用した文化的住民”だ。以上」 「……金髪の軍服ポニテの女もですか?」 「軍服に似た民族衣装を着ていた、って書けばいい。酋長だ、きっと。魔王さまもいるしな」 「なるほど……苦しいけど、なんか、納得ですね」 そして、初山がふと呟いた。 「……また来ていいかな、ここ」 プーにゃんがその言葉ににっこり笑って、 「歓迎するよ。次は、パンケーキ焼くね」 と明るく応じる。 初山は一瞬、理性と軍規が揺らぎそうになったが――すぐに目を逸らした。 「俺たちは……あくまで任務中だ」 「そう、それでいい」 背後からブロント少尉の声がした。 「ここは無人島。演習地帯の外周だ。だから記録には残らない……それでいい」 報告書(抜粋) 【件名】演習中島嶼部偵察報告(第8偵察中隊) 【概要】現地にて非敵対的少数部族と思われる集団を確認。武装・文化的技術高度。交戦なし。文化的接触に留まる。今後の行動は要審議。 【備考】現地料理、非常に美味。 それは、誰にも知られない、戦地の片隅で交わされた小さな晩餐の物語であった。
