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ヘアピン・ロックピック作戦
乾いた砂と、ひび割れた灰色の床。どこかで崩れたらしい壁の隙間を抜けると、そこは重苦しい空気の満ちた半地下のような空間だった。 「……石造りにしては妙な整い方だな。壁も床も、型にでも流したような線が残ってる」 チャーリー・ウッドが鼻を鳴らして周囲を見渡す。肩に羽織った古びた法衣の下には革製のの軽鎧。 丸眼鏡越しに見える目は細く、まるで何かを測っているようだった。 「石じゃないと思う。たぶん――圧縮した灰と油……?」 チェルキーが口をつぐみ、壁に指を当てた。緑のポニーテールが揺れ、甲冑付きのエプロンドレスがかすかに鳴る。 「……ブロント少尉ならすぐ分かったかな。何となく彼女の国の匂いだね」 「うん? あの人、今日は来ないの?」 「軍学校で受け持ち授業があるとか言ってたよ」 「……本当に、教官だったんだ……」 そう言ったリリスは、明らかに退屈そうな顔をしていた。 銀髪を一つに結い、メイド服に似た黒い戦闘装束を着こなしているが、その目はいつもと違い鋭さがぬけている。 「……おーい、これ見て」 チェルキーが指差した先にあったのは、厚い金属の扉だった。所々に薄錆が浮いているが、手入れされたかのような艶がある。 扉の下の隙間からは、白い冷気がふわりと流れ出ていた。 チャーリーが眉をひそめる。 「音がするな……低くうなるような……魔力じゃない。機械系か?」 「まだ生きているようだけど……、開かないね」 チェルキーが力をかけてみるが、扉はびくともしない。 脇にあるガラス板?で出来た装置には何らかの文字が浮かんで見えるが、よくわからない。 「錠前は何とかなるかも。チャーリー。例のアレは?」 「……いや、持ち歩いていない。拙僧は精錬潔癖だからな」 「じゃあ、どうしようか。あたしも専用のツールなしじゃ厳しいし……」 リリスがため息をついた。髪をまとめたヘアピンを二本抜き、もう一本は口にくわえる。 「……ああもう、柄じゃないことばっかりやらせるわね、ほんと」 「おお。流石、ファラリアが巫女殿。我々にはできないことをやっての」 「黙ってて、チャーリー」 リリスはしゃがみ込み、鍵穴にピンを差し込む。 指先は繊細な動きで、慎重に音を探る。 冷気が頬に触れ、ヘアピンがかすかに軋んだ。 指の動きが止まり、一瞬の静寂が落ちる。 ――カチリ。 「開いたわ」 リリスは立ち上がり、口のピンを髪に差した。チャーリーとチェルキーが顔を見合わせる。 「じゃ、開けるよ……」 扉が音を立てて開くと、真っ白な冷気が一気に吹き出す。 中は整然とした棚が並び、冷凍された食材が積まれていた。 シャケ、餃子、冷凍ピザ―― 「……これ、氷室か?」 その中央で、プーにゃんがすやすやと眠っていた。 青いワンピースに熊耳、手には凍った鮭の切り身を抱えて、極楽のような寝顔を浮かべている。 「……アイツ、なんでここに……」 「っていうか、入った経緯の方が謎よね」 「一応確認するが、これ“遺跡”じゃなくて、ただの転移してきた倉庫じゃないか……?」 チャーリーが額を押さえる。リリスは一歩前に出て、凍った床を踏みしめながらつぶやいた。 「……はいはい。やれやれ、またこんなお宝ね……」
