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ブロント少尉、人間将棋に出陣す
秋の学園祭。士官学校の校庭には、巨大な将棋盤が描かれていた。 本日の目玉企画――「人間将棋」。駒役を務めるのは、学生たちである。 「よし、私は歩兵を志願する」 胸を張るブロント少尉。 「武士の本懐は歩兵にあり! しかも二の七歩……飛車の前、まさに先陣ではないか!」 足軽の陣笠と胴丸を身に着けた少尉は、すでに気合十分。 ところが、その姿はやけに目立つ。陣笠からはみ出す金髪の房、腰のミニプリーツスカート。 観客のざわめきは、他の足軽役とはまるで違った。 開幕の一手。対局の差し手が「二六歩」と宣言する。 「来たか!」 少尉は地響きを立てる勢いで一歩進み出た。 「我こそ先陣! この首、取れるものなら取ってみよ!」 観客、大爆笑。解説の棋士も言葉を詰まらせる。 「えー……歩兵が、自ら挑発しております……これは前代未聞……」 しかし勢いは止まらない。 「我に続け!」 少尉の一喝に、後ろに並んだ銀や桂馬役の学生たちも拳を振り上げる。 「そうだ、俺たちも行くぜ! 動かせ! 動かせ!」 差し手に放たれる異様なオーラ。 解説の棋士は青ざめた。 「こ、これは……差し手が駒に指されている!? いや、駒が盤外からプレッシャーを放っているのです!」 観客の空気に呑まれ、仕方なく指された手は……まさかの棒銀戦法。 予定調和を超えた進行に、会場はざわめきと笑いに包まれた。 そして数手後。少尉の歩が敵陣に踏み込み、成りを宣言される。 「と金、でございます」 審判が告げると、演出係が駆け寄り、少尉の陣笠を外す。 ――その瞬間。 ブワッ、と金髪のポニーテールが広がった。 春風を受けて輝く鬣のごとき黄金の束。 観客がどよめく。兜をかぶせようとした係員まで、思わず手を止めた。 「な、なんと……兜より眩しい……!」 「これは……“金髪将”だ!」 少尉は誇らしげに仁王立ち。 「歩兵こそ武士の魂! と金に成れば金将なり! 我が髪こそ、勝利の証である!」 兜の演出は完全にかすみ、盤上の視線はすべて彼女に注がれていた。 こうして人間将棋は、予定調和をはるかに超えた喝采の渦に包まれたのであった。
