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カッターボートレース始末記
アイピク島駐屯地。白い砂浜に整然と並べられた二艘のカッターを前に、ブロント少尉は堂々と立っていた。 「諸君、陸軍たるもの、陸に強いのは当然だ。しかし真の正規軍は、海においても決して遅れをとらぬ!」 根拠の薄い訓示が浜辺に響き渡る。副官たちが顔を見合わせ、チェルキーとプーにゃんは早くも首をかしげていた。 「マーム! イエスマームッ!」 真っ先に応じたのはアートマン軍曹であった。齢七十を越える筋骨隆々の老兵は、頭を剃り上げ、豊かな髭を蓄え、上半身裸にサスペンダーを誇らしげに弾ませている。 彼にとっては、この上なく愉快な訓練であるらしかった。 「本訓練、わたしが先導いたしますぞ!」 「なんの、隊長は私だ! 二艘で先陣を競う!」 そのやり取りを最後に、二人は同時に艇へ飛び乗り、オールを握った。浜辺の空気は呆然とした沈黙に包まれる。 「……これ、兵隊さんの仕事くま?」 「うーん……少なくとも晩ご飯の肉は焼けるから、いいんじゃない?」 チェルキーとプーにゃんは炭火の前に戻り、思考を放棄するようにバーベキューの準備に没頭した。 一方、沖へと漕ぎ出した少尉と軍曹は、波を蹴立てながら軍歌を合唱し、互いに競い合う。 「我が艇の進撃速度、記録的である!」 「マーム! わが艇もまた敵前上陸可能マーム!」 だがその刹那、海面を割って異形が姿を現した。深き者共。鱗をまとった怪魚の兵どもが、泡立つ波間から跳びかかってきたのだ。 「敵襲! 各員、戦闘配置!」 「マーム! 捕縛任務を開始しますマーム!」 オールは棍棒に変わり、艇上は修羅場と化した。老軍曹は片腕で敵を締め上げ、少尉は颯爽と脚を振り抜き、怪物たちは次々と縄にかけられて転がされた。 やがて、二艘の艇は夕暮れの浜へと帰還した。船底には縛り上げられた深き者がごろごろと転がっている。 「見よ、我が艇は五体捕獲!」 「我が艇は六体だ、よって勝利は私だ!」 二人は胸を張り、勝者を名乗り合い、なおポーズを決め続けた。 その様子を遠巻きに眺めながら、チェルキーは肉を串から外し、ぽつりと呟いた。 「……これは本当に、陸軍の正規訓練なのかな」 プーにゃんはこくびを傾げ、肉を頬張った。 「おいしからいいくま!」 南国の空は赤く染まり、波間に軍歌の余韻がこだました。
