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虎猫の午後 ―ケティとチェルキーと、モフモフの約束―
森の奥、神殿の裏庭。 午後の光が葉の隙間から降り注ぐ中、チェルキーは草むらの掃除をしていた。 緑の髪をポニーテールに結び、小柄な体で手際よく落ち葉をかき集めている。 その耳は少し尖って、まるでエルフのような輪郭を持ちながら、彼女の素朴な魅力を引き立てていた。 と、そのとき。 「にゃっほー☆!」 元気いっぱいの声とともに、茂みから黒猫がぴょーんと飛び出した。 くるくると空中で回転しながら、落下と同時に《変身魔法》の詠唱が響く。 「ラ・ポルモリフ! ラ・ポルモリフ!! ――ケティはトラにゃ!!トラになるニャ!!」 「……は?」 言葉の意味を理解するより早く、まばゆい光がぱっと炸裂した。 次の瞬間、そこに現れたのは―― 「……あれ、猫?」 「違うニャ! 虎ニャ! 虎になったニャ!」 確かに、金色の毛並みに縞模様。しなやかで美しい尻尾が二本もある。 どこから見ても高貴な毛並みの虎――というには、サイズがあまりにも……猫。 中型猫。虎猫。そう、つまり……ただの茶トラだった。 チェルキーは口を半開きにしてぽかんと見つめる。 「……あんた、魔法ミスってない? いや、確かに虎柄だけど……サイズ、据え置きって」 「にゃふふーん♪ これは《ポルモリフ・トラモード》ニャ。かっこいい上に、可愛くて美人なのニャ。特別にモフらせてやってもいいニャ」 ケティはどこか得意げに、しっぽをぴんと立てて一回転して見せた。 「……確かに、かわいい……いや違う。私はなにも……」 「さあチェルキー! 抱っこしてもいいニャ!」 「言ってない! 言ってないわよっ!」 そう言いながらも、チェルキーの腕は自然と伸びていた。 すっぽりと収まるケティの虎猫ボディ。柔らかくてあたたかくて、思わず顔をうずめたくなる。 「……っはー……なにこれ……最高じゃない……?」 「ふふーん、虎は人を癒すニャ」 「どこ情報よ……でも、なんか悔しいけど……癒される……」 ぎゅう、と抱きしめられたケティは、くすぐったそうに鳴いた。 「モフモフし放題ニャ~♪ もっと撫でるニャ~♪」 「はいはい、ちょっとだけよ」 そう言いながら、チェルキーの手は止まらない。 まるで催眠にかかったかのように、撫で続ける指先。 しなやかな毛並みの感触と、虎猫の喉から響く小さなゴロゴロ音が心地よい。 「……にゃふぅ……チェルキー、最高の下僕ニャ……」 「言ったなこの猫! 今日は晩ご飯抜きだからね!」 「……にゃああ!? ウソニャ、冗談ニャ! ごはん抜きは困るニャ!」 日だまりの中、神官戦士チェルキーと虎猫(のつもり)のケティは、今日も仲良く追いかけっこを始めるのだった。 そして結局―― 「……ま、もうちょっとだけなら……モフってもいいわよ」 再び膝の上で丸くなる虎猫を、そっと抱き寄せる。 午後の魔法は、まだ解けそうになかった。
