1 / 3
仮面の魔王さま、そして道化の真実
シャーリーが、魔王様の名を、「かたりません」 魔王さま、お仕置きしないで下さい すいません ___________________________________ 魔王領での秋の収穫祭、「月の宴」が領都で開催される日。魔王様 は執務室に閉じこもり、分厚い財政報告書を睨んでいた。一週間連続の徹夜が続き、紅玉の瞳には疲労の色が濃い。 その玉座の背後、普段は厳重に施錠された魔王様のプライベートルームから、静かに扉が開いた。現れたのは、いつもの女学生風ブレザーに赤マント姿ではない。 「ふひひひ……完璧でござる」 そこにいたのは、艶やかな黒髪に魔王様の夜会服をまとい、顔には間の抜けた怪しげな仮面をつけたシャーリー・クラウンだった。 「シャーリー、何をしている! 余のドレスを勝手に!?」 魔王さまが鋭く声を上げるが、シャーリーは静かに人差し指を口元に当てた。 「魔王さま、ご心配なく。このドレスは、わたくしが**魔王さまの『信用』**を借りるための、最も強力な担保でございます」 シャーリーはそのまま城を抜け出し、お祭りへ。人々がひしめく賑やかな露店街で、彼女は一際威風堂々と立っていた。誰もがその豪華なドレスと、魔王城の紋章を縫い付けたマントに目を奪われた。 一人の農夫が、恐る恐る仮面を覗き込むようにして声をかける。 「え、まっ、魔王さま?」 シャーリーは間髪入れずに、抑揚のない声で答えた。 「私は魔王ではない!!」 農夫は目を丸くし、ハッと膝を打った。 「おお、そうか! 魔王様が自ら微行(お忍び)で民の様子を窺っておられるのだ!」 誰もがそう解釈し、シャーリーの姿は瞬く間に領民の尊敬と畏敬の的となった。 「魔王さま!! 畑で取れた新鮮な野菜です。お納めください!!」 「魔王さま!! 美味しい綿菓子をおひとついかがですか!! ぜひ、お持ちください!」 「魔王さま、小振りな宝石の原石、暇つぶしに磨いたら意外に良いですよ。差し上げます!!」 シャーリーは仮面の下で満足げに微笑む。その都度、彼女は威厳を保ち、正直に答えた。 「我は魔王ではないというておるに。だか、貴公らの魔王への思いは解った。 我が責任もってその思い、届けよう。ふむ、うまいな」 そして夜も更け、城へ戻ったシャーリーは、ぐったりと執務室の机に突っ伏す魔王様の元へ、両手に抱えきれないほどの献上品を運び込んだ。 野菜、綿菓子、磨ききれていないが質の良い原石、そして領民が魔王様に見てほしかったという祭りの絵図。 「魔王さま!! 領民からの贈り物をお届けしますぞ!!」 シャーリーは魔王様の背後に立ち、優しく、しかし確信に満ちた声で囁いた。 「みな魔王さまを慕っておりますぞ!!(まったくウソをついていない)」 魔王様は疲労で重い頭を上げ、目の前に積まれた大量の「善意」の山と、見慣れた自分の豪華なドレスを纏い、達成感に満ちた笑みを浮かべる道化の姿を見た。 「まったく……お主は、またやりおったな。 そしてまた余の**『信用』**を、勝手に増資する。 そして、余や皆のことを考える」 魔王様は野菜の山の中から新鮮なリンゴを一つ取り上げ、それを疲れた顔でかじった。 「その働きに報いよう。 その綿菓子は、お主の報酬とする。 だが、そのドレスは直ちに脱げ。 そして明日、お主の**『信用創造』**がもたらしたこの混沌を、財務報告書に整理するのだ」 「御意! さすがは魔王さま! これこそがお互い利益のある、真の**『幸せの錬金術』**でござる!」 シャーリーは歓喜し、借りてきたドレスとマントから、いつもの女学生風ブレザー姿に戻り、満足げに綿菓子を頬張った。 そして、翌朝の清算の面倒くささには、深く考えないことにした。 それが道化の、そして幸運神の聖女としての、**「幸福なテキトーさ」**だった。
