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芸術は衝突だ! ~アイピク島・抽象画騒動~
夏の日差しが照りつけるアイピク島の浜辺。 白い砂に立てられた小さなキャンバスの前で、ブロント少尉が腕を組んで立ち尽くしていた。 ベレー帽を被り、片手に筆、もう一方の手は威風堂々と自作の抽象画を指し示している。 画面には、直線と曲線が絡まり合い、複雑な色の渦が意味深に重なっていた。 「見よ……これが“統合と離反の超越的意志”を描き出した、我が渾身の一作ッ!」 「んー……クマ?」 しゃがみ込んで絵を見上げていたプーにゃんが、小さく首を傾げる。 くま耳がぴょこっと揺れた。 「惜しいな、プーにゃん。この作品は、視覚を通じて直感的に“戦術思想”を叩き込むことを目指した、戦略的抽象画であるッ!」 「それは……芸術なのかなぁ?」 「芸術とは即ち戦術! 色彩こそが構造! 空白こそが余剰火力であるッ!」 ブロント少尉の顔には、絵の理解を超えたドヤ顔が張り付いていた。 そんな様子を後ろから見守っていたのが、チェルキー。 グレイブを肩に担ぎ、腕を組んでじっと絵を見ていたが、ついに堪えきれなくなった。 「ちょっとちょっと、これって、何を描いたつもりなのか聞いてもいい?」 彼女はどこか楽しげな笑顔を浮かべながら、ブロントに問いかけた。 その声音は明るく、少女らしい響きを持ちながらも、芯に鋭さがあった。 「ふ、言語化は野暮……だがあえて言おう。これは“第七戦術仮説と第六感の融合による精神的交戦領域”を描いたものだッ!」 「うん、やっぱり意味わかんないや」 チェルキーが楽しげに苦笑し、グレイブの石突きをトントンと地面に打ちつけた。 その瞬間だった。 「ではッ!! 芸術の理を背負う者として、拙僧も筆を執る時……来たれり!!」 神聖かつ胡散臭い声が響き渡る。 チャーリー・ウッドが、片腕に巻物と聖典を抱えながら、黒と赤の司祭服を翻して登場した。 「我が手に描かれるは、陰と陽! 光と闇! 秩序と混沌の狭間に咲く、真なる神の美――!」 サラサラと筆が走り、数分も経たぬうちに、謎の渦巻き、微妙な男女の象徴のような文様、意味深な天秤や蛇、鳩が混在する“宗教的抽象画”がキャンバスに現れる。 「ふむ……これはこれで、奥が深いな」 ブロント少尉が腕を組んで頷く。 「……クマ……?」 プーにゃんは再び困惑。 そして―― 彼女は沈黙したまま、顔を真っ赤にして震えていた。 青と白のエプロンドレスを、動きやすく仕立てて鎧を組み合わせた装備。 鋼鉄のグレイブを肩に掛け、エルフを思わせる耳をピクリと動かしながら、彼女は顔を真っ赤にしている。 視線は絵の中心で、渦のように交わる二つの人物――見ようによっては、 明らかに“抱擁”とも“交合”とも受け取れる構図。 「……っっ、ええいッッ!!!」 次の瞬間、チェルキーがグレイブを担いだまま地を蹴った。 「このエロ坊主がああああ!! 野外で何を描いておるかあああああ!!!なんでそっちの方向から“理”を攻めるのよ!? なに?この、“融合”!? 光と影!? 男と女!? 思いっきり狙ってるでしょ!!」 空気がビリッと震えるような疾走音。 「え、ちょ、待ちなさ――ぐわあぁっっ!!!?」 爆発音にも似た衝撃が走り、チャーリー・ウッドの姿が勢いよく彼方の砂浜へ飛んでいく。 浜辺に突き刺さったチャーリー・ウッドは、砂に埋もれながら小さくつぶやいた。 「……芸術とは……痛みを伴うもので、ござるな……」 ブロント少尉は、キャンバスを見つめながら感慨深げに呟いた。 「まさに、芸術は……衝突であるッ!」
