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アイピク島通信外伝:スマートスピーカー奮闘記
ブロント少尉の私室。 キッチンでは、なぜか軍服姿のままエプロンを掛け、真剣な顔でお彼岸料理を仕込み中だった。鍋からは湯気が立ちのぼり、香ばしい香りが漂う。 「む……そろそろ定時通信の時刻ではないか!」 少尉は手を止めかけたが、すぐに首を振った。 「いや、今は鍋を離れられぬ……仕方あるまい。スマートスピーカー、ウェークアップ!」 テーブルの隅に置かれた白い円筒が、青いランプを光らせる。 少尉は胸を張り、口を大きく開けて叫んだ。 「ディッ、ダー、ダー、ダー、ダーディ!」 スピーカー:「……聞き取れません。もう一度お願いします。」 少尉:「なにぃ!? 貴様、口モールスを理解できぬのか。では再送信だ――ディッ、ディッ、ダー、ディー!」 スピーカー:「すみません、日本語でお願いします。」 少尉は眉を吊り上げ、指を突きつける。 「不届き者め! 貴様、電信兵としての基礎すら欠落しているのか! このブロント少尉が直々に訓練してやる!」 スピーカーは律儀に応じた。 「……検索しますか?」 「検索だと!? これは軍通信であるぞ!」 結局、鍋をかき混ぜながら延々と口モールスを叩き込む少尉。AIは何とか単語を拾い、増幅された信号がアイピク島に届いた。 その頃、島のチェルキーは電鍵に向かい、ヘッドホンで耳を澄ませていた。 「……ん? なんだか今日の信号、打鍵の癖が違う……?」 胸にいやな予感が広がる。少尉に何かあったのでは、と身を乗り出した。 しかし書き取った文字から浮かんだ文章は―― 《GOOD…OHIGAN…FOOD…》 チェルキー:「……はぁぁぁぁ!? お彼岸の料理だと!? こっちは心配してたのにぃぃ!」 机をバンッと叩くチェルキー。 今日もまた、次元の狭間を越えて――無駄に真剣で、無駄に騒がしい通信が交わされていた。
