1 / 2
知識と運の妹たち
賢者の学院、講堂棟の一階。 ダキニラは、特別講義に招かれた外部の聖職者として、受付を済ませたところだ。 彼女は、略式のプリーストマントの下に革鎧とを、スカウト装備を下げている 盗賊なのにブリースト? 正々堂々としているので、誰もがどう咎めるべきがわからない。 そのダキニラの前に、学院の権威を体現したような人物が立ちはだかった。 魔法学科准導師、シルビア。一回り年上の姉である。 ハーフエルフの端正な顔は、冷たい怒りに凍り付いていた。 「ダキニラ」 シルビアの呼びかけは、いつもより三度低い。 「貴女はなぜ、いつもそうなのかしら。 准導師に並ぶ才能を持ちながら、盗賊の真似事やゴシップ記者などに浪費するの? そして、なぜその服装で学院に上がるの?下品な鎧と、せめて装備は外しなさい。 ここは知識神の真理を探求する場所よ!」 シルビアの非難は、論理的で完璧だったが、皮肉にも学院の規則を侵さない限界の線で止められていた。 妹の「才能の無駄遣い」への根深い怒りが滲んでいた。 ダキニラは、姉の堅苦しさに心底辟易し、大きな狐耳をぺたりと寝かせた。 「……ねぇさん。面倒くさいよ、本当に。 このスカウトの鎧は、万が一のセキュリティのためだよ? それに、私の仕事は情報戦だよ。 ねぇさんのその古びた古代語魔法の論文より、よっぽど実践的だけど?」 「っ!」 シルビアは顔色を変えた。ダキニラの発言は、ソーサラーとしての努力を侮辱し、知識神の論理体系を否定するものだった。 シルビアの手の甲には、古代語魔法の発動準備を示すルーン文字が浮かび上がりかける。 ダキニラも、幸運神の加護か、ふさふさのしっぽが輝き逆立つ。 誰も口を挟めない、膠着状態。学院の威厳は、この姉妹喧嘩によって地に落ちようとしていた。 その時、地響きのような重い足音と共に、一人の大男が現れた。 体術教官ゴルドン。 オークの戦士にして賢者、さらには体術魔法の使い手(エンハンサー)。 動きやすいトレーニングウェアの上に簡素な教官コートを羽織っている。 ゴルドンは二人の間に割って入ると、大きな角を揺らし、低く、しかし冷静な声を発した。 「シィル、ニータ。静かにしろ。人目がある。公的な場所だ」 姉妹は一瞬で動きを止めた。ゴルドンの声には、体術教官としての圧倒的な威圧感と、賢者としての冷静な判断が込められていた。 ゴルドンは、まずダキニラを見据える。 「ニータ。その服装は学院の方針に沿ってはいるが、招かれた客としては、もう少しTPOを考えろ。」 次に、シルビアを見た。 「シィル。我らが妹は市井の聖職者として招かれている。 彼女の職業と生き方を、公の場で個人の感情で批判するのは、准導師の立場に反する。」 ゴルドンは、アカデミアの論理もストリートの実利も理解する、唯一の調停者だった。 シルビアは、兄に幼名で呼ばれたことと、理路整然と公私の区別をつけられたことで、カッと頭が冷えた。 「……っ、兄上。貴方には関係のないことです」 言葉では抵抗するが、シルビアは杖をを下ろし、魔法の発動を中止した。 ダキニラは、姉が完全に黙ったことに満足し、ゴルドンに向かって媚びるような笑顔を見せた。 「ちぇっ。兄貴の言うことなら仕方ないねぇ。ふひひ。じゃあね、堅物ねぇさん」 ダキニラは尻尾を揺らし、その場を去った。 後に残されたシルビアは、兄の前で妹を更生させられなかったという屈辱と、兄に叱られたことへの羞恥心に、顔を紅潮させていた。 「(くっ……いつか、いつか必ずしっぽをつか、修正してやる!)」 シルビアの誓いの声は、ゴルドンの太く重い溜息によって、かき消された。
